電子契約入門

新型コロナウイルスの影響でハンコ文化の弊害が顕著となり、電子契約の利便性を高めるべきだ、という話が盛り上がってきています(日経新聞の記事など)。

そうした中で、議論に若干混乱も見受けられるので、簡単に整理しておきたいと思います。

民法は、一定の例外を除いて、契約成立に条件を設けていません。したがって、当事者間の申込みと承諾があれば、口頭であっても電子的方法であっても契約は成立します(民法522条2項)。

そして、「電子契約」と一言で言っても、様々な方式のものがあります。アマゾンで購入ボタンをポチと押すのも広く電子契約と言えます(法律上は、「電子消費者契約」(電子消費者契約法)にあたります。)。

現在B to Bで広く使用されている、又は使用され始めている電子契約は、以下の2つです。

一つは、クラウドサインのような、電子契約サービス提供者が関与するものです。このサービスでは、一方当事者は、サービス提供者が提供するプラットフォームを使用して電子的契約書を他方当事者に送り、他方当事者は内容を確認して、「合意する」をクリックすることで、電子的契約書が作成される、という方式になっています。サービス提供者によって異なると思いますが、当該契約書には通常、赤い〇印などが記載され、捺印のようになっていたりしますが、これは、当事者本人が署名したことを意味するわけではありません。代わりに、多くの場合、サービス提供者が当該電子的契約書に電子署名を付しています。この方式は、人によって呼称が違いますが、「クラウド型電子契約」「事業者署名型電子契約」「サービス提供者署名型電子契約」などと言われています。

もう一つは、電子署名法に基づく電子署名を施すタイプの電子契約です。これは、秘密鍵を保有した当事者が契約内容を暗号化して(署名)、他方当事者に送ります。他方当事者は、送られてきたデータを先方の公開鍵を使用して復号化(解読)し、内容が最終案と一致しているかをチェックして、自らも同様に電子署名を施す、という手順となります。この公開鍵は、所有者情報とともに認証局という機関に登録されています。この登録に伴って発行されるのが「電子証明書」です。これは、「当事者署名型電子契約」「本人署名型電子契約」などと呼ばれています。なお、ここでは、現在行われている電子署名の技術の中心が秘密鍵・公開鍵による暗号技術であるため、それを前提に説明していますが、電子署名法自体では、技術が下の1号と2号の要件を満たしていればいいとしているだけであり、今後の技術進歩も見越して、公開鍵暗号に限定していません。

電子署名及び認証業務に関する法律
(定義)
2条1項 この法律において「電子署名」とは、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に記録することができる情報について行われる措置であって、次の要件のいずれにも該当するものをいう。
一 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。
二 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。

前述のように、契約が成立するには方式を問いませんので、契約書は不要です。もっとも、契約書は、契約の存在や内容が後日問題となったときに裁判において重要な証拠となります。

契約が問題となるときに重要なのは、①その当事者が(本人性)、②その内容の契約に合意したか(非改ざん性)、という点です(③いつ合意したか、という点も重要ですが、これについてはこの記事では省略します。)。

この点、クラウド型電子契約であっても本人署名型電子契約であっても、内容が改ざんされていない、という意味で②は確保されています。すなわち、電子署名は、上のように定義されているところ、2条1項2号で、そもそも非改ざん性が担保されている技術であるため、クラウド型であっても、本人署名型であっても電子署名が施されている以上、②は確保されていると言えます(仮に、クラウド型電子契約でサービス提供者の電子署名がない場合には、非改ざん性が当然には確保されていないので注意が必要です。)。

クラウド型と本人署名型で大きく違うのは、①の点です。本人署名型では、電子署名法2条1項1号で技術的に本人性が確保されています。さらに、電子署名法3条で、文書が真正に成立したものと推定されます。

ここで、「文書が真正に成立した」というのは、「当該文書全体が本人の意思に基づいて作成された」ことを意味します。

なお、脱線しますが、よく「二段の推定」という言葉がありますが、それは、以下の二段階にわたる推定のことを言います。


  当該文書に本人の印鑑による印影(捺印)がある(一段目の推定)
    ↓ 経験則による推定
  本人の意思に基づく押印であると推定される(二段目の推定)
    ↓ 民訴228条4項による推定
  当該文書全体が本人の意思に基づいて作成された(文書の成立の真正)が推定される

この文書の成立の真正(=形式的証拠力)が認められると、判例上、契約書(処分証書)などについては、特段の事情のない限り、記載されている法律行為の存在が認定される(=実質的証拠力)、とされています。

電子署名法上認められた電子署名が施されている場合は、この文書の成立の真正が推定されるわけです。

これに対して、クラウド型電子契約では、法律上、文書の成立の真正は推定されません。

もっとも、それを周辺事情から立証していくことは十分に可能です。すなわち、契約書を締結するまでには、交渉過程があるのが通常ですが、そのやりとりをしていたメールアドレスと最終的に「同意」ボタンを押した人のメールアドレスが一致していた場合には、本人が意思に基づき作成したと認定される強い推認事情になるでしょう。したがって、交渉過程で使用していたメールアドレスとプラットフォームから契約書の最終データを送る際のメールが一致しているかを確認しておくのは、きわめて重要です。

いずれにせよ、クラウド型の電子契約について効力が認められない、というのは、大きな誤解です。裁判で本人性が争われた(「自分はこの契約をしていない」などと主張された)ときの立証手段が若干重くなる、というように理解すべきです。

以上、まとめると、
電子署名による電子契約は、本人性も非改ざん性も確保されるが、電子証明書の取得に時間(2週間ほどの場合もあるそうです)と費用がかかる。
クラウド型電子契約は、簡易に実施でき、非改ざん性は確保されるが、本人性は当然には推定されない。
ということになります。

あとは、各社において、メリット、デメリットを考えて使い分けをしていくのがよろしいかと思います(例えば、相手が長年取引関係がある、又は信頼できる企業で、本人性を否定することはないと思われる場合や、取引金額が少額の場合にはクラウド型の電子契約にする、数十億単位の契約であれば電子署名による電子契約又は書面による契約書にする、といった具合です。)。

Last but not leastですが、電子契約の場合、少なくとも現時点では印紙代がかかりませんので、効率化だけでなく経費節減の意味でも、導入していくことに価値はあると思います。

ご参考になりましたら幸いです。